ロロノア家の人々〜外伝 “月と太陽”

    “流雲 輻輳す”


少年達の乗る船は、外観こそ小ぶりなキャラベル風だが、
それは優秀な船大工が、
希代の発明家の発想を余すことなく形にしてくれたおかげ様、
中味は結構奥が深い。
たった二人でグランドライン制覇を目指すという
何とも無謀な始まり方をした航海なのへ、
その手薄な航行と防御とにせめてもの備えを…との餞別代り、
これでもかというカラクリやら仕掛けやらを組み込んでくれたし。
船底にはいくつかの部屋があり、
大部分は航海に必要な様々な物資を備蓄するための貯蔵庫だが、
効率のいい淡水化装置を搭載しているので
バラスト水並みの水を積む必要もないし。
原則 海流と風による航行をしているが、
非常時には頼ることとなるのが動力機関…で。
実は特殊な構造であるがため、それほど燃料も必要ではないときて。
今のところは四人ポッキリという乗組員には、
寝起きに使える空間があちこちに余裕であるという按配。
最初のうちは、男子女子という分け方で済ませていたところへ、
途中から加わったお人があって。
元からいた面子より年上のお兄さんだったその人は、
料理を主に担当くださるようになった関係から、
キッチンの隣という空間が空いていたのを幸い、
そこで寝起きすると決めたようであり。
同じ階層のリビングの隣りをベル嬢が私室にしているので、
何者かが航行中に接近急襲してきたら…という
防御への不安があったのも一気に解消され、
心強い助っ人を得て万々歳と喜んだところ、

 『俺が狼になるかも知れぬという警戒はしないの?』

こんな危険な海域にいるのだから、
もうちょっと警戒しなさいと呆れられたか、
他でもないお兄さんご本人からつっこまれたくらい。
まだ二十代そこそこだろうフレイアというその人は、
若いはずなのに妙にこなれた、
悪く言って枯れた振りをすることの多い人で。
熱血だったり頑固頑迷でも困っただろうが、
後から、それも目的もどこか曖昧なまま参入してきたお人にしては、
子供ら相手に何かしら企みがある風でもなし。

 “まあ、それを言うなら、
  俺たちだって随分と無防備に仲間にしちゃった感は
  否めないんだけれど。”

親御同士が知り合いだったという伝手がないではないが、
それだった細工のしようはいくらでも。
その身を張って加勢してくれたことをもって
全面的に信用したのは自分たちだから、
実は…と手のひらを返されたら、
この航海の中で最大の苦境に立たされることとなるんだろうなと。
時々思い出したように、警戒心とやらを奮い立たせる衣音であり。

 「……んう。」

ちょっぴり暑苦しいシーツの上、
くうすうと穏やかな寝息を立ててた相棒が、
ふっとその寝息を深く吸い込み、
持ち上げた手で目元をやたらこすりだす

 「こら、そんなしたら腫れ上がるぞ?」

海賊相手の太刀捌きは既に一端の剣豪レベルだというに、
妙なところが子供っぽいままの我らが船長は、
殊に日頃の所作のあれこれが至らないので、
あまりに目に余るものは衣音がいちいち制しており。
見かねられてる自分の所業は棚に上げ、子供扱いにムッと来てだろう、

 『お前は母ちゃんか。』

などと、言いたい放題されることもないではないが、
それこそ、故郷にいたころからの呼吸でもあるせいか、
今更大して堪えはしない。
たまにカチンと来ても、ほんの2、3時間ほどそっぽを向けば、

さりげない振りを装って、ご機嫌伺いをしてくる判りやすさなので、
本気で腹を立てたとしても長続きはしないのだけれど。

 「……。」

少しずつ目が覚めつつあるのだろうが、
まだ意識の半分ほどは夢の中なんだろう。
現世への手掛かりを探したいか、
掛け布の外へ無造作に投げ出されてた手が、
何か探しているように指を開いて動き始めたので、

 「…起きたのか?」

甲の上を指先でつつけば、
手首のところから手を起こし。
それほど素早くもない動きながら、
それでもなかなか器用にこちらの手を捕まえてしまう。
じわりと温かい手のひらが、
彼の幼さのほうを強く押し出しているようで。
それへ苦笑をしていると、
真上を向いて寝ていた身を、こちらへ向くよに横へと寝返りを打ってくる。

 「寝らんねぇのか?」

もしょもしょと、覚束ない声はそのまますぐにも寝入りそうな気配。
まだ夜中だ、寝ろ寝ろとのまじないのように、
空いてた手を頬へ乗せてやると、手触りのいい短い髪の側へとすべらせて、
幼子相手のようになぜてやる。

 「直に寝るサ。」
 「ん…。」

短い応対の声は“判った”という意だろうに、
口元がにひゃっと微笑う形になって、
まぶたがごくごく自然に上へと上がる。
横を向いたこともあり、夜陰の中へすっかりと没した顔の中、
それでもそうした彼だと判ったのは、
こちらへ向いた意識の気配が冴えたから。

 「風の音とか気になんのか?」

  何でそう思う?

  だってお前、航海士だし、
  天気が変わるのへも敏感だしよ…と

やはりもしょもしょと紡いだ彼だったが、

 “俺が気にしたのは、お前が…”

舳先の上、船の先端によじ登り、
向かう先にあるものへ、向こうからやって来るものへ、
真っ先に触れたいかのようにしているのが彼の常で。
とはいえ、海ばかりを見ている訳ではないらしく、
今日もそうだったが、
後ろへ転げてしまわぬかと思うほど、のけ反るように仰向いて、
空を飽かず見上げていることも少なくはない。
空が気になるなら甲板に寝転びなと、
襟首掴んで引きずり降ろすこともままあったほどであり。

 『何すんだよ、痛ぇなぁ

勝手をするなと怒り出す日が大半じゃああるが、
今日はされるままになっていて、
そのまま午後のおやつの頃合いまで甲板で寝転がってたようだったので。
一体何が見えて気になっているのだろうかと、
却ってこっちまでもが気になってしまい、
ベルやフレイアも一緒になって、時折 空を見上げたくらい。
とうとう晩飯の折に、

 『今日一日、ずっと音無しでいたじゃない。』

具合でも悪いのかとは聞けず、
実際、食欲は変わらなかったのでそうとも見えなんだため、
“何か気になったのか”と訊けば、

 『何でもねぇさ。』

  ただサ 雲が、
  凄い上の方のがぐんぐん流れてくのと、
  その手前、下の方のが少しゆっくり流れてくのが
  重なって見えたのが面白くてよと、

それだけのことを、半日近くもぼ〜っと飽かず眺めていたらしい。
利かん気そうな双眸をまじろぎもせず、
まるで何かを見つけて
そこから目が離せないようだったように見えたのは、
確かに間違ってはなかったけれども。

 『何よそれ。』

お天気だったら衣音がちゃんとチェックしてる、
そうまで退屈だったなら、
甲板の菜園の草引きでもしてくれればよかったのにと、
相変わらずにお姉さんぶって口元をキュウとすぼめたベルだった傍ら、
フレイアが苦笑をし、それへと目顔で同意を送った衣音じゃああったけど。

 「風とか雲とか以外にも、何か聞こえたのか?」

もうこれほどの刻の経ったことだ、
何のという“主語”がなければ突然過ぎる訊きようだったのに、

 「ん〜、別に。」

髪から耳へと手が及んだのへ、微笑ったらしい吐息がし。
通じているぞという後追いのように、

 「ただサ、ガキの頃は雲なんてのは ただの書き割りみたいなもんだったし、
  あれが綿みたいなもんじゃなく実は水蒸気なんだって、
  理屈みたいなもんを教わっても、
  やっぱり他所ごとみたいなもんだったのにサ。」

  ああまで勢いよく翔ってて、しかも二段重ねの立体的だったんだぜ?
  何てのかな、アンノウンピークで山のぼったときに、
  麓に雲の陰が泳いでんのが見えた時みたいな、
  凄げぇ〜って、絶景ぃ〜って気がしてよ。

もうかなり目が覚めて来たものか、
口調や言いようがはっきりしていて。
だったらとこっちから訊いたのが、

 「なんだ、そんなに面白かったのなら、
  声を掛けてくれたらよかったのによ。」

ついでに耳朶をくすぐれば、くくくっと短く微笑ってから、

 「そんな詰まんないものって、
  洟も引っかけねぇ奴に言われてもな。」

 「お…。」

言われたときは拗ねたくせに、今はそうでもないものか。
それとも、言った本人は此処にいないから、
お前くらいは同意してくれよぉという甘えの気色が出たものか。
軽い言いようで並べて、
その身をこちらの懐ろへ ごそそと擦り寄せてくる甘えぶり。

 “今日は俺の方が疲れてんだがなぁ…。”

人の上で好き勝手しやがって、じゃあなくて。(苦笑)
何がどうと言ってくれないと、
気になってしまって 結果そればかり考えてしまう。
ベルから馬鹿みたい扱いされたのは今日だけじゃあなくて。
本当に綿みたいにみっちりした雲が、
しかも夕映えを受けて茜色じゃあなく桃色になってるのを見つけたときや、
スコールの後の虹が2本同時に見えたときとか。
結構 大発見だと思ってのこと、一緒に感動しようよと教えたのに。
“…だから?”と冷ややかに処されたことが
何度かあったのを言いたいらしく。

  やっぱり女は即物的でロマンが判らんのだ、
  だから、冒険にもワクワクしないんだ と。

どこか芝居がかった言いようながらも、
一丁前に不貞腐れたように続ける船長さんだのへこそ、

 “…かわいい奴。”

いかんいかんと思いつつ、お顔がほころびかかる副長殿。
だってね、そんな“大人な”ベルちゃんも、
船長さんの目が届かないところまで退いてから、
こそり首を伸ばしては空を見やっていたのまで、
こっちはちゃんと把握済み。
そっちをこそ内緒にしといた方がいいものか、
でもね、忘れたころ程度ならともかく、
ずっとずっと後々にバレるとか、
自分だって感動くらいはしたなんて方向から持ち出された場合、
何だよそれっていう憤りが積年のものになりかねないから、
話題として触れるさじ加減は難しいと、
こっちもこっちで余計な気遣いを分け合ってる、
大小のお兄さんたちだったりするのにね。

 “人の気も知らないでまあ。”

もぞもぞと擦り寄って来ていたものが、
向こうの頬がこちらの胸板へ触れるほどとなり。
あーもうしょうがねぇなぁと、
肩へ腕を回してやって、
掛け布を直しがてら、背中をポンポンと叩いてやれば。
やはり“へへぇ”と笑ったものか、
かすかな吐息が届いたのへ、こちらも釣られて苦笑が洩れる。

 “凄げぇ〜、か。”

高層の雲が大急ぎで翔っていたのは、
自分らが去った向背に結構大きいハリケーンが生まれていたからで。
自分はチラ見で“ああそうか”と断じただけで終わったのだけれども。
案外と昔むかしの天文学者たちは、
こういう壮大な空の変化に見惚れた末に、
仕組みのようなものに気づいたのかも知れぬ。

 “…あ、いやいや。
  本人じゃあなくて傍らにいた人が、かもな。”

感動するだけ感動して、あとは放ったらかしの感慨を、
この子がこんなに嬉しいならばと。
次はいつ来るものか、
予測できないものかと思ったお母さんがいたかも知れぬ、
どういう状況で起こることかと
情報を整理したお友達がいたかも知れぬ…と。
それこそ取り留めのないことを思いつつ、
腕の中にて優しく刻まれ始めた寝息に釣られ、
まぶたを伏せたうら若き航海士さんだったようである。


  夜更の空には望月が浮かび、
  よぎる群雲を白く透かしては
  彼らの航海を黙って見下ろしているばかり…





  〜Fine〜  12.09.29.


  *久し振りにも限度があるぞな、
   例の坊ちゃんたちでございます。
   お母様たちが新世界へ突入で、
   いろいろと最初通りじゃいけなくなった背景も
   たんと出て来たようじゃあありますが、
   まあまあ どんまいということでvv(牡羊座O型はこれだから…)

   これを書くごとに思うのが、そのころの曙村とかだったりします。
   みおちゃんにはBFが出来たワケで。
   後継者になるはずだった息子は逐電。(こらこら)
   お父さんの眉間のしわは
   ますます深まっているかも知れませんな。

   「こうなったら、婿殿を後継者にするまでじゃん?」
   「誰が“婿”だと?」

   お父さんはまだ認めてませんよ、ええといきり立つのを押しのけて、

   「勝手なことを言わないでよ、お母さん」
   「あ? 何がだ?」
   「あの人は学者さんなのよ? 道場なんて継げるはずないじゃない。」
   「けどよ、柔術っていうのの免許皆伝じゃねぇか。」

   不良をこう、ぺいって投げ飛ばしたっていうしよ、と。
   母娘は別な次元で喧々囂々になってしまい、
   置き去られた父上、
   しょうがないので未来の婿殿と一献交わしていたりして。

   「あれは。」
   「はい。」
   「淑やかに見せて、中身も母似だから苦労するぞ?」
   「はあ…。」

   あああ、キリがない。(笑)

ご感想はこちらへvv めるふぉvv


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